使ってしまうから

いつかは自分自身の力で勝負する

ムダ金づかいは死に金づかいである旭化成工業現·旭化成の住宅事業部門にいたは、小林の長女と結婚した縁もあり平成十七年、M&Kに入社した。早稲田大学理工学部建築学科を卒業後、丸九年、旭化成工業に在籍していた。「結婚後も、しばらくは旭化成にいたのですが、もうそろそろいいだろう、いつまでも楽をしているな、ということになりまして(笑)、平成十七年にこちらに移りました」

立場上、後継者としてのライン上におり、も、プレッシャーは感じつつ、自分がしなければならないことをきちんと把握している。
「ムダづかいをしていたら、会社がいくつあっても追いつかないぞ、ということは小林は常にある程度の規模になりましたが、いっていますね。オーナー社長として自ら会社を興し、派手な生活は謹んでいるというか、まったく、そういう気持ちはないようですね。
そういう意味では質実剛健だと感じています」四年間はバブル経済期だったため、小林が会社を興し、三、相当に稼げた。10億円の投資でビルを建てても、10億円くらい儲かった時代なのだ。その分、税金も持っていかれたが、金の動きは大きかったのである何しろ、建物絡みで当時は、札束が飛び交ったのだ。
なかには派手な遊びに興じた者土地、ざんまいもいたが、そういうことにまったく興味を示さなかった。小林は、最初から仕事三昧である。

不動産の新たな可能性を切り開く多様性不動産業界にバブル経済崩壊の影響が出てきたのは、建設業界、一九九○年代も半ば過ぎである蛇口を閉めてしまった政府は、急激な経済情勢の悪化に、あわてて公共投資のカンフル剤を打った。しかし、いったんマイナス側に振れた振り子は戻らなかった。約五年間のタイムラグがあったのだが、栄華におぼれた業界は、バブルの残像を追った。大手をはじめ中小規模の企業が数多く倒れた。なかには自業自得の例もあったがこの間、悲惨だったのは、零細の下請け、孫請けまで、連鎖倒産の憂き目にあったことだろう。むかしから、ムダ金づかいは、死に金づかいなのである。企業経営の要諦は、ムダ、ムリ、ちしつムラをなくす。
これを小林は知悉しているのだ。十分に論理的だが、理屈ではなく、勘の鋭さが感じられる。職人その点では直感派であり、気質がありそうだ「長時間、話すタイプではないです。まずは、という理詰めではなく、折にふれ、そこに座れ、タイミングよく指摘してくる」とが話している。営業をしていると、どうしても無理をしそうなときがある。そろばんが合うか合わないか。

家相相談

リスクはあるが、なんとかクリアできれば、成果は大きい。危険なにおいはあるが、ちょっと手を打っておきたい。綱渡り的な部分もあり、もともと営業というのは、できるといわれる人間ほど、得てしてそういうものなのだ。無難な道を選べば、それ相応の結果でしかない。だからチャレンジなのだが、たとえば、ある物件を買うか買うまいか迷うときがある。そうした場合、煮詰め方が中途半端、甘さが漂うとズバッと指摘される。
「なんでもかんでもやっていたら、会社がいくつあっても足りないんだ、と。入口、出口をきちんと押さえ、社会通念に照らし、間違いないか、きちんとストーリーを組み立てろといいます。正確な判断のうえで金を使え、ということなんです。それは、本当にわが社のDNAだし、大切なことだと思います」小林が創業以来、培ってきた経営理念がある。それは変えてはいけないが、こういう時代だから、変えなければいけない部分もある。
それは後継者,の役目だろう。
”農耕型“経営で地域貢献するすべてを疑ってかかれ。こう述べたら、随分、狭量なことを、と思われるかもしれない。しかし、経営者に必須の要素として、疑ってかかるのは最低限、求められるものであり、不可欠のファクターである。

別のいい方をするなら、これを検証という。既成概念、固定観念にとらわれるのは、進歩の妨げにこそなれ、プラスには作用しない。
床に就いたら、毎晩、今日一日あったことを思い返し、常に反省する。
はてな、のさてな繰り返しが、事業の成功のもとになると小林は語っている。「はてな、さてなといつも考えろ。これは義父から教えられたことです。

倉庫·物流センター自分が選んだ婿といぅこともあり、私は始終、義父に呼び出され、半生の失敗談、成功談などを聞かされました。自分が経営者の立場となり、いま、次代につなぐ使命を感じるとき、なんでも疑問符を打つことは、非常に大事なことだと思っています」社長と社員が一緒になって、人材教育などではなく、常に世の中の動きを精査する。そのディスカッションの場が、毎朝一時間のミーティングタイムなのだ。報告というのは検証であり、そのまま勉強会となり、実務教育の場となるのである。
大事なことは、常に需要の変化、その兆しを見落とさないことなのだ。センチュリーカンパをめざすM&Kにとって、ニー百年企業毎朝の一時間が生命線となっている。M&Kの大規模土地開発に要する期間は三年から七年というのがおおよその平均値となり、しんちょく日々進捗状況を確認し合っている。

に倣い、また小林は、”桃栗三年柿八年”土地の草を取り、種をまき、肥料を与え、水をやり、剪定して育て、果実を実らせる。これと同じと語る。事業者の要請,要望に応じた大規模売地ができる。そこには、大手企業の工場や配送センター、商業施設、医療関係、高齢者や保育対象の施設、その他さまざまなスポーツ関連施設、サービス機関が導入される。地元に新しい雇用が生まれ、税収も増え、地域活性が進む。
賃貸用地であれば、土地の賃料収入が入る。エリアの道路整備が進み、環境インフラが整う。従来の田園風景とはまた別の新しい文化が発生する。
地域社会全体が活況を呈すことになる化振興策なのです。

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大規模土地開発は、経済を掘り起こす資源といえるでしょうバブル経済崩壊から二十年が経過して、農耕民族型の深耕が新たな文化を創出する。世の中の流れが明確に違う方向を指しており、この業界も脱皮が急がれている。バブル経済崩壊から、「もののとらえ方、考え方は変わってきています。世の中の動き、流れは変わったのです。しかも常に流動的です。明日どうなるかわからないという状況ですから仕事の仕方も変えていかなければいけないのです」周知のように、老舗といわれる企業は、食品関係、生活必需品に関係する会社が多い。
このしこう意味するところは、常に需要や嗜好変化に沿い、微調整をしてきたことを示している。食べもの屋なら、時代の嗜好変化で、味変えをしていく。これが老舗の条件である。小林がここを指しているのだ。

いっていることは、

オンリーワン企業Mが描く未来戦略

本格化した超高齢社会への対応バブル経済時代以降の世代では、「戦後日本の高度経済成長時代に育った世代と、物に対する価値観がまったく異なります。
それぞれの年代に統一された価値観がない今日だから、不動産業者として、土地活用は多様にならざるを得ません」バブル経済子ども時代から戦後をつぶさに見てきた目には、このように小林は話している。期の前と後では、世相も感覚もまったく異なるのだ。かつてあっただろうか。世の中、イシン·これだけ先の読めない時代というのは、イシンと大騒ぎし、革新のかけ声は高い。
実際に明治維新を見ているわけではないから、なんともとらえようがないが、空転しているようで、いささか居心地が悪い現実は絵空事、少子高齢社会が進行、社会保障制度が揺らぎ、出口の見えない低迷の最中に東日本大震災が原発事故が起きた。発生、早急な税制改革として消費税増税が今国会を揺るがせている。社会保障の手当てに、富裕層に対する所得税増税の間違いではないか、と皮肉る声を他所に、シナリオは進む。
しかも原発被災地は置いてきぼりの様相を示す、今日このごろである。再稼働だ。「平成時代に入り、社会の変化の激しさは想像以上だ」と小林は語る戦後を生きた世代にこれは、たしかに”想像以上の実感として迫る。
まもなく始める予定これまで本書に述べられたように、新しい資源として、新たな土地活用を模索しないかぎり、経済改革をいくらやっても、それは小手先に終始する。別の角度から探られる必要が生かつての日本改造論はいま、土地活用の新提案として再度、じている。小林の言葉が続く。「M&Kは、日本の人口構成にもとづいた不動産需要を分析し、中·長期スパンで、社会が必要としている不動産事業とは何かこれを探求するものです。
これまでの延長線上では、おそ解決がつかないでしょう」く同社では本格化した超高齢社会への対応としてM&Kは、すでに日野で高齢者専用賃貸住宅を運営しているが、経営的には厳しい状況にある。しかし、だからといって、利用者がいる以撤退はできない。し、いま、将来の理想的な老人施設を模索中である国は療養のための長期入院を許さず、介護はそれぞれの家庭でという方針を示すが、核家族が一般化した時代、現実的ではない。
不動産業者の責務として、小林は、こうした高齢者のために、理想的な施設をつくろうとしているが、民間だけでこれを行うには無理がある。
国土交通省は平成二十三年、高齢者等居住安定化推進事業のなかで「サービス付き高齢者向を打ち出している。